エアー・メイルからの特別なお知らせやコラムなど
エアー・メイル・レコーディングス SPECIAL

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2008.4.30 UP
バスターの最新インタビュー掲載
2008年6月号の『ストレンジ・デイズ』誌(発行:ストレンジ・デイズ)にバスターのメンバー、ロブ・フェンナのインタビューが掲載されました。バスター解散の真相から近年の活動についてまで、赤裸々に語っています。弊社でリリースしたバスターのアルバムの再リリースに関する内容にも触れられています。ご興味のある方はお読みになってみてください。

2007.11.1 UP
THE ROBINOOS「GO BACK TO JAPAN TOUR 2007」ツアー同行記
初来日から5年。待望のルビナーズ・ジャパン・ツアー2007が、10/19の大阪FANJ Twiceを皮切りにスタートしました。前回にも増してパワフルな彼らの日本ツアーの同行日記をお届けします。

<来日メンバー>
Jon Rubin:Vo & G(独身、犬2匹とともにロサンゼルスの一戸建てに住む)
Tommy Dunbar:G & Vo(奥さん、猫5匹とサクラメントに暮らす。猫の名前は全てギターにちなんだ名前)
Al Chan:B & Vo(奥さんと犬2匹とリッチモンドに在住。犬の名前はモジョとニョッキ)
Susie Davis:Key & Vo(旦那さんと子供2人とリッチモンド在住。ミック・ジャガー、プリンス、シーラ・E等のツアー・メンバーでもあった)
David Rokeach:Dr(奥さん、子供2人とオークランドに住む。レイ・チャールズ、アレサ・フランクリン等のツアー経験あり)
Mike Johnson:Engineer(サンフランシスコ在住。昔の髪型からPalm Treeと呼ばれている)

10/15(月)
JonとTommyはロサンゼルスから、Al、David、Mikeはサンフランシスコからと別々の便で到着。皆、かなりの大荷物を引っさげているのは、これから始まる11日間にも及ぶ日本滞在とライヴへの意気込みの表れか?
再会を喜び合う間もなく、東京・品川へ移動。予想を上回る荷物の量に対してレンタカーはちょっと小さめで、皆、体を丸めて乗り込む始末。初めて参加するDavidなどはさぞかし先行き不安であったに違いない。
しかし車中では早速日本の昔のアニメの話に花が咲き、「鉄腕アトム」「マッハGO GO GO」などの大合唱。長旅の疲れはないのか始終おしゃべりをしている彼らから興奮の様子が伝わってきて、自然とこちらの気分も盛り上がってきた。
明日はSusieもやってくる。いよいよ皆が日本に集合だ!

10/16(火)
午後Susieが合流。その他のメンバーは品川をぶらぶら散策。
夜は、ROCKBOTTOM、firestarterのメンバーと顔合わせ会。再会に話も弾み、酒も進んだ(ちなみにJonもTommyもアルコールは飲みませんが…)。

10/17(水)
京都へ移動。当初は磔磔でのライヴも予定していましたが都合によりキャンセルとなってしまい、皆様には大変ご迷惑をおかけ致しました。お詫び申し上げます。
ライヴはなくなっても京都は行きたいとの本人たちのたっての希望により、京都観光を決定。到着後、二条城へ。細かな細工の彫刻やきれいに刈られた松の木、高い城壁に「WAO!」の連発。二条城の外では、翌日の大阪公演で共演するMAYFLOWERSの里山さんとも会うことができた。準備は万端だ。

10/18(木)
大阪への移動日。しかし、京都をもっと見たいとの彼らの希望により、それぞれ自由行動にすることにした。SusieとDavidは自転車を借りて、清水寺などを回るコース。AlとMikeは京都お買い物ツアー、JonとTommyはスタッフと金閣寺、嵯峨野コース。
Jon、Tommyと金閣寺に着いてまずソフトクリームの看板を発見。「セサミアイスクリーム(Go Go Go Tokyo参照)は無いのか」という彼らだが、残念ながら抹茶ソフトで我慢。
金閣寺の庭のお抹茶の休憩所にて一服。秋の爽やかな風に吹かれて、明日のライヴの打ち合わせやそれぞれの仕事の話、音楽の話etc.今回初めてゆっくり話ができたように思う。
JonとTommyとお抹茶と。ゆったりとしていい時間が過ぎていった・・・。
その後、嵯峨野方面に向かい天龍寺の中で精進料理のランチ。何しろTommyはベジタリアン。しかも魚のだし、チキンコンソメなどもNGなため、普通の鰹だしが使われている日本料理は食べられないのだ。日本でベジタリアン向きのレストランを探すのは難しいと改めて思った。
嵯峨野で竹林を散策した後「セサミアイスクリーム」を求めて、あらゆるアイスクリーム屋を見て回る。が、なかなかめぐり合えず、やっと発見できたときの喜びようは子供のようだった。セサミアイスクリームの味を舌に残しつつ、Jonは隣のお店で栗ソフトクリームを食べたいと言い出す始末。本日3個めのソフトクリーム。
その後、京都駅にて皆と合流。手塚治虫の「ジャングル大帝レオ」が好きなAlは、京都駅にある手塚治虫ミュージアムでいろいろとお買い物を楽しんだようだ。
夕方、大阪移動。あとは明日のライヴを待つばかり。

10/19(金)
いよいよライヴ当日。朝から雨ということもあって各自部屋で調整中。雨の中どれだけの人が集まってくれるのか少々心配になってくる。
当初の予定より早めの15:00にFANJ Twice入り、サウンドチェックを開始。たぶんメンバーも少々緊張気味。
THE RUMBLES、OOLONG-HIGH、MAYFLOWAERSにつづき、いよいよルビナーズの登場。チップマンクスでおなじみの『Witch Doctor』にはじまり、アンコール最後の『Life In The Slow Lane』まで約1時間半。一気にルビナーズ・ワールドを魅せつけてくれた。Jonのハイトーン・ヴォイスに、Tommyの炸裂ギターに、Alの『Tonight』にやっと再会できた喜び、そして何より、会場で盛り上げてくれた皆さんに感激!!メンバーたちも初日を無事終えられた満足感でいっぱいの様子だった。

10/20(土)
午前10:43新幹線にて東京へ移動。新宿のホテルに着くや否やほとんど休まずJAMへ移動。しかし昨夜の興奮と東京でのライヴへの期待かメンバーたちは疲れ知らず。お客様はどのくらい入るのか。2度目の来日は集客が厳しいと聞いているため、期待と不安が入り混じる緊張した瞬間。
しかし、あれよあれよという間に会場内が埋め尽くされ、後ろの方はたぶんステージを少しも見ることができなかったと思うと申し訳ない・・・。
キュートなTHE ORANGES、いつもパワフルなROCKBOTTOMに続き、ルビナーズ登場。満杯の場内に驚きと嬉しさで、彼らのプレイも絶好調!噂の『I Wanna Be Your Boyfriend』で場内はひとつになり、『Rock'n Roll Is Dead』(小島よしおバージョン)で一気に頂点へ。
ファンの方たちとのサイン会を終え、ホテルに戻るともう0時過ぎ。しかし興奮冷めやらぬJon、Tommy、Mikeは中華料理屋で食事と本日のライヴの反省会。いい歳をしたおっさんたちがギラギラした目で入ってきたんだから、お店のおばちゃんもさぞかし怖かっただろう。おかゆや肉なしチャーハンで彼らの熱い夜は更けていくのだった・・・。

10/21(日)
いよいよ最終日。連日のライヴにもかかわらず、疲れるどころかますますパワフルになっていく気がする。
ルビナーズとは初対面のこけしDOLLの皆さんとご挨拶。前回に続き共演してくれたfirestarterは今回でしばらく活動休止とのこと、残念だ。
今日は200人を越えるお客さんに場内は熱気ムンムンで期待は高まる中、ルビナーズ・ジャパン・ツアー最終日のライヴが始まった。バラードもあり、激しいリズムもカヴァー曲もありで、飽きさせることの無い内容だったと思う。それより何より彼らは、観ている人を幸せな気持ちにさせてくれる不思議な魔法をいつもかけてくれる。多くの人がその魔法にかかってくれたら嬉しい。
お客さんとの掛け合いで盛り上がったアーチーズのカヴァー『Sugar Sugar』そして怒涛の『Rock'n Roll Is Dead』で、ルビナーズの2度目のJAPAN TOURは終了した…。
ホテルに帰るはずが、興奮していたのであろう、深夜の打ち上げとなってしまった。それぞれのメンバーが酒も飲まずに上機嫌であったのは言うまでも無い。
 
10/22(月)
若くも無いのに、3夜連続のライヴでお疲れであろうメンバーを伴って、箱根の温泉へ。本国で仕事のあるAlとDavidは一足先にお別れだ。日本での再会を誓って、他のメンバーたちと二人を見送った。
ロマンスカーで箱根へ移動。ホテルでの夕食時、今日が誕生日というTommyを祝ってちょっとしたサプライズとホテルマンたちの『HAPPY BIRTHDAY』の歌のプレゼントがあった。それを受けて、フランス料理のダイニングが、JonとTommyのアカペラ大会になってしまった。(他のお客様、ゴメンナサイ)彼らは、普段も何かにつけて歌を歌っている。

10/23(火)
箱根で新鮮な空気と温泉を満喫した後、新宿へ戻る。あとは家族へのお土産を買うのみらしい。
このツアーでわかったことは、Jonがもの凄くソフトクリーム好きなこと。そして政治、経済、映画、野球etc.ととにかく趣味が広く話が尽きないこと。
Tommyはいつも陽気で、一同の中ではおとぼけキャラ。しかし、曲作りをするだけあって何事にも興味を示す。今回はかなりの日本語をマスターしたようだ。
Alは普段はとても物腰の柔らかい、優しい人だ。『Tonight』を歌うステージのAlは、別人だ。
Susieは、自然派志向。メンバーの中でいちばんサバイバル力に長けていると思う。一人で何でもできるので、ありがたい存在だ。
Davidは、ジェントルマン。初めての参加で戸惑うこともあったかと思うが、不平ひとつ言わず、見事なプレイを聴かせてくれた。メンバーからも一目置かれている。
Mikeは大柄な体格に似合わず、とてもナイス・ガイだ。フレンドリーで日本の何もかもに興味があるらしく、食事は何にでも挑戦し、一同の胃袋となっていた。
それぞれに言えることは、皆とてもいいヤツであるということ。性格は違うけれど、皆明るくて、驕ることは一切無い。彼らのライヴと一緒だ。

10/24(水)
アメリカで待つ家族たちへのお土産を買うため、KIDDY LANDへ。1時間の予定が大幅に遅れ、2時間もかかってしまった。その間、それぞれが買い物カゴいっぱいに思い思いのものを買っていく。(彼らは短時間でたくさんの買い物をすることを“Power Shopping”と呼んでいた)
さすがTommy先生はエア・ギターのおもちゃを2個お買い上げ。その後、別行動で、TommyはfirestarterのJimboとレコード屋めぐりに。その他は竹下通りで、Tシャツなどを物色。ちょっと皮肉った絵が描いてあったり、意味不明な英語が書いているTシャツ(これまたGo Go Go TOKYO参照)が面白いらしい。
一回ランチをしただけで、夜の7時まで休憩なしのお買い物。いや〜、パワフルなおじさんたちに脱帽。中でも、『おしりかじり虫』にと興味をしめした彼らは、別行動のくせにそれぞれがグッズやらCDやらを購入。趣味が一緒なのか?

10/25(木)
いよいよお別れの時がきた。11日間も一緒にいると、やはり別れはとても寂しい。
Jonなどは「もう少し日本に居たいよ」とポツリと漏らした。皆、日本でもライヴはとても楽しいらしい。さらに今回は前にも増して、楽しかったようだ。3度目のツアーを約束して、本当に彼らのJAPAN TOURは幕を閉じた。

*ルビナーズのメンバーたちがあんなに幸せな気持ちで帰っていったのも、ひとえにファンの皆様のおかげです。どうもありがとうございました。
それと、いろいろとお手伝いをいただいた日本のバンドの皆様、そしてライブハウスのスタッフの皆様、ご協力をいただき、どうもありがとうございました。そしてキャンセルになった京都の皆様、大変申し訳ございませんでした。さらにもろもろご迷惑をおかけした日本の皆様にも、この場を借りてお詫びを申し上げます。
また近いうちに、ルビナーズが日本に帰ってこられるよう、私たちもがんばりますので、皆様もどうぞ応援よろしくお願いします。
どうもありがとうございました!!             

エアー・メイル・レコーディングス スタッフ一同


2007.8.31 UP
イアン・ギランの最新インタビュー掲載
2007年10月号の『beatleg magazine』誌(発行:レインボーブリッジ)に11ページにわたるイアン・ギランの最新インタビューが掲載されました。近年のディープ・パープルとしての活動の他、弊社がリリースしたイアン・ギラン・バンド〜ギラン時代の作品の再リリースに関する内容にも触れられています。ご興味のある方はお読みになってみてください。(www.beatlegmagazine.com


2007.7.5 UP
ルビナーズ、アヴリル・ラヴィーンを盗作で訴える


現在ヒット中のアヴリル・ラヴィーンのシングル「ガールフレンド」が、ルビナーズの名曲「あの娘のボーイフレンド」(原題「I Wanna Be Your Boyfriend」)に酷似しているとして、7/2に ルビナーズのメンバー、トミー・ダンバーがアヴリル・ラヴィーンとその事務所を盗作容疑で告訴する申請をカリフォルニア地裁に起こしました(写真は7/5付の東京スポーツでの紹介記事)。
弊社スタッフが3月にロサンゼルスでメンバーと会ったときにその話となり、その後、5月に正式に訴えを起こことに決めたようです。
なお現在、彼らのオフィシャルサイト(www.rubinoos.com)では、問題の2曲の聴き比べができます。興味のある方はのぞいてみてください。
なお、「あの娘のボーイフレンド」が収録されているルビナーズのアルバム『カリフォルニア・サンジャイン』は、弊社より8月8日に紙ジャケット仕様にてリリースします。品番:AIRCD-072 税込定価:2,625円。

2007.7.2 UP
メール配信サービスの新設について


弊社のリリース情報やセール、キャンペーン等のお知らせを目的とした
携帯メール情報の配信サービスを新たにスタートさせます。
配信を希望される方はmailinglist@airmailrecordings.comまで空メールをお送りください。

2007.5.1UP
THE HEATSのインタビュー掲載


2007年5月号の『DOLL』誌にTHE HEATSのインタビューが掲載されました。
元メンバーのKEITH LILYが質問に答えてくれてます。
ご興味のある方はお読みになってみてください。

2003.2.24UP
カンターベリー・ミュージック・フェスティバルの現在


ロジャー・ジャメル(カンターベリー・ミュージック・フェスティバル)が現在率いているバンド、カンターベリー・リヴァイバルのアーティスト写真が届きました。バンドは60〜70年代のナンバーをプレイするショー・バンドのようで、現在、彼が住んでいるワシントンDCを拠点に活動しているとのことです。甘いマスクのナイーブな文学青年といった印象だった60年代当時とは雰囲気も変わってしまってます。アルバム『レイン・アンド・シャイン』<AIRAC-1014>で聴かれたあの繊細な歌声は健在なのでしょうか? ちなみに他のメンバーのうち、アルバート&アルフレッド・インファンゾンはNYに住んでいて、現在も趣味として音楽活動を続けているとのことです。ノース・キャロライナに住んでいるアルバートの娘さんを通して再結成を企画しましたが、それぞれの生活があるため、実現できませんでした。残念です。しかし、あの素晴らしいコーラスとメロディはアルバムの中で永遠に生き続けるでしょう。

2002.12.12UP
クレイグ・ナッティカム来日日記

◆来日にあたって
2年前の春、その頃クレイグが住んでいたカリフォルニアのサン・ルイス・オビスポの自宅に招かれたことがあります。CDのリリースは決まってはいたものの、メールのやりとりしかしたことのない見ず知らずの日本人を家に泊めてくれるという、そのお言葉に甘えて、サンフランシスコから車で彼を訪ねました。
夜遅く着いたにもかかわらず、奥さんの手料理で迎えてくれ、食後はクレイグがギターを取り出し、何曲も歌ってくれました。
翌朝目覚めたのは、目覚まし時計でもなく、テレビの音でもなく、クレイグの爪弾くギターの音色でした。なんという贅沢な目覚めでしょう。そういえば、クレイグの家のリビングルームにはテレビがありませんでした。聞えてくるのは、鳥の声とギターの音だけだったような・・・。本当に静かなところでした。
その後、クレイグがいつも利用するスタジオへ案内してくれ、彼の友人のボブさんの引くチェロとともにちょっとしたライヴが僕たちのために始まりました。彼の声は昔とちっとも変わっておらず、とてもやさしく温かな気持ちにさせてくれました。
その時ひとりじめしてしまった彼の歌声を日本のファンの皆さんにも聴いていただきたくて、今回このライヴを企画しました。実現するまでにちょっと時間がかかりましたが・・・。
●11/22(金)
17:00着のユナイテッド航空で初めて日本の地に降り立つクレイグを迎えに成田空港へ。顔を見るのは約3年ぶり。出口から出てくるクレイグに声をかけて、劇的な再会するかと思ったが、背後からクレイグに声を掛けられてしまった。ちょっと拍子抜け。なかなかドラマチックにはいかないものだ。
ちょうど夕方の渋滞にはまってしまい、ホテルのある渋谷まで2時間半もかかってしまった。途中、お台場あたりの景色を見たクレイグが、「東京は大きな街だね〜」を連発。しまいには「ニューヨークより大きいと思う」と感嘆していた。
ホテルに到着後、ライヴでキーボードを担当するアルも交えて日本料理店へ。少し前から日本に住んでいるアルは、クレイグのCDに参加しているものの、ふたりが直接会うのはなんと初めてだという。アメリカって広い国なんだと実感する。
豪華な(?)和食を堪能した後、今回のライヴでベースを担当するアレックスが原宿のライヴハウスで演奏しているということで、見に行くことにした。アレックスはアルの友達で東京ディズニーランドで活動しているミュージシャンだ。当然、クレイグとは初対面。でもクレイグの曲はバッチリ練習済みとのこと。
原宿に着くと、アレックスの演奏は始まっていて、想像とは全く違ったロック色の濃い曲を熱唱中。しかもベースではなくギター。お客さんは踊ってるし、外人さん多いし、クレイグなんか無理やり踊らされて、きっとしっとりした日本のイメージは木っ端微塵に消えたと思う。そして気付くと深夜だった・・・。

●11/23(土)

今夜は9時から渋谷のディスク・ユニオンでイン・ストア・ライヴがあるが、それまではフリー。アルとクレイグは明日のライヴのリハーサルをしたいということで、アルの家まで行くことにした。
アルはいわゆるアパートのワンルームに住んでいるのだが、クレイグからすると本当に小さな部屋だったに違いない。でも「いい部屋だね」と一応お決まりのあいさつ。練習は3時間ぐらいかかるというので、いったん引き上げて連絡を待つ。結局、7時頃迎えに行くことに。そのまま渋谷に車で移動。
クレイグが日本に来てから天気が悪い。雨も降り出した。「雨で残念だね」と言うと「僕は雨が好きだ。カリフォルニアは雨が少ないので、水不足だ。雨はいいものだよ。雨の曲も作ったんだよ」と言った。そういえばクレイグの住むロス・オソスでは10月頃に降った雨が今年初めての雨だということだ。 
ディスク・ユニオンに着くと、何人かお客さんが既に並んでいてくれた。あいにくの天気だが、ちょっとほっとした。
今夜のライヴはクレイグのソロ。3、4曲ぐらいの予定だったがお客さんの温かい拍手に気を良くしたのか、「ワン・モア」「ワン・モア」と2曲ほど多めに歌った。お客さんは、多分はじめて生でクレイグの声を聴く方が多かったと思うが、皆さん身を乗り出して、リズムをとって、にこやかに聴いて下さっていた。クレイグも同じ気持ちだっただろう。ライヴ終了後クレイグは、僕らより前からクレイグと交流のあったグリグリの国府田さんと初めて会ったり、お客さんからサインを求められたりと大忙し。
ホテルに帰る道すがら、「お客さんも、お店のスタッフの人も皆いい人たちだったね」と何度も言っていた。そしてホテルに送り届けると「ビールが飲みたい・・・」と、ポツリともらした。やっと、ホッとしたのかな・・・。
※この日に皆さんと撮った写真をご希望の方は、メール下さい。お送りします。

●11/24(日)
いよいよライヴ当日。午前中からクレイグ、アル、アレックスの3人はリハーサルを重ねる。場所は、アレックスが働く東京ディズニーランドのアーティスト用スタジオだ。そこはディズニーランドで働く外国人のために用意された浦安の居住区の一角にある。すっかり準備も整い、僕は車で機材をのみを運搬。3人は電車で下北沢まで移動することになった。日本に住む2人にとって東京の電車は簡単なことだが、アメリカで電車を利用することの無いクレイグにとっては未知の世界らしい。券売機で切符を買ったり、車窓から景色を眺めたり、車内を人を観察したり・・・。ちょっと変わった体験だったようだ。
ライヴ会場の下北沢のラ・カーニャは通常はテーブルで一杯やりながら音楽を聴くというお店なのだが、この日はテーブルを取っ払い椅子をいっぱいに並べるということになった。
オープニングは高田漣さんのスティール・ギターをメインにしたカルテット。JAMES TAYLER、JONI MITCHELL、NEIL YOUNG等のSSW中心のカヴァーを見事に聞かせてくれた。さらにクレイグとそのファンのために「It's Much Easier」も。クレイグはいたく感激し、また、アレックスはその場で彼のアルバム『ララバイ』を購入。いままで高田さんを聴いたことがなかったクレイグのファンもきっと感動したと思う。
いよいよクレイグたちの出番。「So Close For Being Far Away」から始まって、新旧のアルバムの曲が歌われた。温かくやさしい声はやはり変わっていない。アルはアコーディオンとピアノ、アレックスはウッド・ベースを担当するが、ときどきアルのハモリも入って厚みを増幅させた。新しい曲が2曲あって、「Rain Begins to Fall」は前述の雨について書かれた歌で、クレイグが最近ハワイのカウアイ島に行ったときに作った歌らしい。そしてこの日の日本のファンのために作った「I Like」も披露された。「It's Much Easier」「Sunshine」では拍手や掛け声が、そして「When My Time Comes」では、涙を拭う人も見受けられた。そこに居る人たちにさまざまな想いが去来していたと思う。
あっという間に1時間半近くのライヴが終わった。終了後は、やはりお決まりのサイン会&語る会。皆さんのひと言ひと言がクレイグに伝わったようだ。とても満足してホテルへ帰って行った。皆さん、どうもありがとうございました。

●11/25(月)

今日は、午後の便で帰国。朝から冷たい雨の月曜日。ほとんど観光をしていないので、少し静かなところを見てもらおうと、深大寺へ向かった。相変わらず渋滞の東京に少々うんざりしたかもしれないが、いやな顔ひとつせず「昨日のライヴは良かったね」と楽しそうに話していた。
深大寺は、紅葉の真っ最中。クレイグは色とりどりの木々を見ては「ビューテフル」を連発。「自宅の庭に日本のもみじの木があるんだよ」とも言っていた。平日でしかも雨の深大寺は人も少なく、短い時間だったが、静かな日本を味わえたと思う。
その後は少し早いが、渋滞を考えて成田まで行くことにした。空港へは思いのほか早く着いてしまったが、「慌しいのはいやだ。早く着いたほうが嬉しいよ」とあくまでもゆったりとしていた。そして、何度も「THANK YOU」を繰り返し、日本を去って行った。
自分の生活が如何にせかせかしているかを思い知らされた数日間だった。

◆ライヴが終わって・・・。
現在、クレイグはカリフォルニアのロス・オソスという海沿いの町で奥さんのローレライと犬、猫と共に暮らしています。ホームレスへのボランティア活動をしたり戦争反対のメッセージは強く持って生きているようでした。親友デニス・ランバートの死、音楽の世界での葛藤、ドラッグとの闘い・・・。いろいろなものを克服し、10年ほど前ローレライと出会い、今は幸せな生活を送っているようです。まさに今、”My Time Comes”といったところでしょうか。「僕は自然が好きだ」と東京の雑踏を行きながら話していたクレイグ。彼にとっては慌しく、都会の汚れた空気しか味わえなかった4日間だったでしょう。
でも、いままたスローな生活に戻って、日本のファンの温かな気持ちを噛みしめていることと思います。
来てくださった皆さん、どうもありがとうございました。

2002.07.18 UP
エアー・メイルL.A.日記 June2002

2002年6月26日〜6/29までロサンゼルスに行ってきました。1年3ヶ月ぶりのロサンゼルス。主な目的はルビナーズの来日についてジョン・ルービンとミーティングをすること。3泊5日と短い日程でしたが、実りあるものとなりました。

6/26(水)

往復28、000円という格安チケットを入手し、早朝ロサンゼルスに到着。まずは郵便局へ。送料を節約するため、日本から持ってきたCD等を数人のミュージシャンに郵送する。送った後はスーツケースはからっぽ状態。その後、CHEWY MABLEのブライアン・カッサンに会う。7/1にハリウッド・ボウルでTHE WHOのコンサートがあると聞かされが、惜しいことに帰国した後。多分二度と見ることはないだろうから、見たかったなあ。サンセット・ブルバードに行ったついでにサンセット・レコードに行こうと思ったら、いつのまにか無くなっていた。消えていくレコード屋もあれば、新しくできるレコード屋もある。そのひとつが、アメーバ・レコード。昨年できたばかりのアメーバ・レコードには、昼前に到着。サンフランシスコとバークレーの店は行ったことはあるが、ここもまたでかい。一日潰せそうだが、時差ぼけも手伝って少々疲れたので、早めにホテルへ行くことにした。残りはまた後日にしよう。いつも使っているホテルの隣には、アカデミー賞の会場でもあるコダックシアターができてしまっていて、おまけに大きなショッピングモールもあって、とても便利な場所になってしまった。徒歩10秒でレストランもショッピングも映画も楽しめるとは! 夜は、ルビナーズのジョン・ルービンと夕食。ジャパン・ツアーの最終打ち合わせをする。ジョンの幼なじみのアレックスとニーナが同席した。ジョンは10年ほど前、日本に来たことがあって、その時の印象をいろいろ話してくれたのだが、面白かったのは、「日本人は酒を飲んだ後に、ラーメンを食べる」といってたこと。当時、誰かが連れて行ったのだろうが、印象深かったようだ。それと、炉端焼き屋で食べた揚げ出し豆腐が、相当おいしかったらしく、しきりにおいしかったを連発していた。「日本は今ワールド・カップで盛り上がっているよ」と話したが、やはり知ってはいたが皆あまり関心が無い様子。それより、「イチローは凄い!」と力説していた。やっぱりアメリカは野球なんだなあ。その他、ジョンの東京の思い出のひとつが満員電車。ジョンが「ニューヨークのラッシュアワーの比じゃない」といえば、アレックスが「それは、乗らなきゃ!」と返す始末。なかなか面白いディナーとなった。
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チューウィ・マーブルのブライアン・カッサン






ジョン・ルービン、アレックス・カーリン、ニーナ・ポート

6/27(木)

隣のショッピングモールをぶらぶらした後、パサディナにあるジョンのスタジオへ行く。今日は、昨夜会ったアレックスのレコーディングということだ。アレックスは現在ポーランドでミュージシャンとして活動しているそうだ。その合間に、ジャパン・ツアーに向けてのコメントをビデオを撮る。その模様は、ホームページで見て下さい。スタジオを後にして、レコードショップ・ライノへ。これまたしばらく来ない間に、場所を移転して、きれいな店になっていた。レコード数枚購入。その後、レコード・サープラスに行こうと思い、途中ソーテル・ブルバード周辺の日本人が多く住むエリアで日本風カレーライスを食べる。この辺りは面白いことに日本風の瓦屋根や松の木等のある和風の庭の家を目にする。まるで日本にいるような感じだ。ここで日本人向けフリーペーパー「ライト・ハウス」でPUFFYのインタビュー記事を読む。7月にL.A.のWHISKYでライブをやるためだ。アメーバでもコーナー作って、CD売ってたな。サープラスのあと、ホテルに戻ると、何件か留守電が・・・。短い旅行なので、L.A.の知人には黙ってきたのだが、どうもブライアン・カッサンが何人かに僕らがL.A.に来ていることを連絡したらしく、カンタベリー・ミュージック・フェスティバルのリリースに関して、いろいろ協力してくれているスティーブ・スタンレーと、今やIPOのオーガナイザーで有名なデヴィッド・バッシュからメッセージが入っていた。もろもろ電話で調整したあと、クラウド・イレブンことリック・ギャレコの家へ行く。メッセージをビデオ撮り。ここで、THE WHOのベーシスト、ジョン・エントウィッスルが死亡したことをリックから聞かされる。昨日、ハリウッド・ボウルでのコンサートの話を聞いただけに、びっくり! これで本当に二度と見ることができなくなってしまった。ご冥福をお祈りします。クラウド・イレブンの家を後にしたのが10時半頃。何も食べていなかったので、適当なレストランに入る。いかにもアメリカの食堂で、硬くて馬鹿でかいステーキとてんこ盛りのフレンチフライ、なみなみ注がれたヌードル・スープで深夜の暴食。しかしまずかった。お口直しに、スーパーマーケット“ラルフス”でアメリカン・チェリーを買う。日本で食べるより、当然安くてしかも粒がでかい。味も濃かったように思えた。うまかった…。
スタジオの様子

6/28(金)
今日がいよいよ最終日。午前中、メロウ・カッズのデヴィッド・ポナックと電話。最近フィルター・レコードからCDリリースした彼は、「日本のレコード屋でプッシュしてたよ」と伝えたら、喜んでいた。今夜は日本人の女の子とディナーらしい。相変わらずプレイボーイだ。その後、アーロン・レコード(正しい発音はエーロン・レコード?)に行った後、L.A.在住の友人と昼食。2時半頃から再びアメーバ・レコードで見残したレコード等を見ようとしたが、不幸が訪れた。アメーバの駐車場でレンタカーの中にキーを入れたまま、ロックをしてしまったのだ。さすがに慌てたが、とりあえずレンタカー会社・ハーツに連絡。鍵開け名人を寄越してくれるということだ。店の前で待っている間、目の前で交通事故が発生。驚いたことに、警察やらが来るのが早いこと早いこと。日本のとは比べものにならない。L.A.に行っていつも思うのはアンビュランス等が通るとき、辺りの車は一斉に止まる。だからアンビュランスはスイスイ走っている。日本はどうだ。この前なんか救急車が来たから止まったら、後ろの車にクラクション鳴らされたぞ、東京では!と思っているうちに、鍵開け名人到着。ドアの隙間にエア・クッションを入れて空気を送り込むと、あれよという間に、隙間ができた。そこから針金を入れて、ロック解除。ものの3分位で終わってしまった。見事なテクニックに感激した。思わずチップをはずんでしまった。結局そのまま、ホテルに戻るとデヴィッド・バッシュがいつになくダンディないでたちで待っていた。この後、彼が企画したライヴがあるらしい。しばらく話をした後、デヴィッドと別れ、仕切りなおしにまたまたアメーバへ。満喫した。数枚購入。夕食にタイ料理を食べてホテルに戻る。そして、3日間という短い滞在日程もあっという間に終わってしまった。明朝早くに空港へ行かなければならないので、早めに就寝。


6/29(土)
ホテルをチェック・アウトし、ラ・ブレア通りをトコトコと空港へ向かう。途中、巨大なドーナツの看板で有名なランディ・ドーナツでドーナツを買い、搭乗までの時間に朝食。最後のアメリカ気分を味わう。とくに美味しいわけでもないのだが、なぜかアメリカではドーナツと薄いコーヒーが合うような気がする。さあ、あとは、飛行機の中で映画「ハイ・クライムズ」を観て寝るだけだ。乾いたカリフォルニアの空気ともしばらくお別れだ。次にその空気に触れるのは、ルビナーズの来日か? 9月が待ち遠しくなってきた。

2001.10.18 UP
BILL ANDERSON came to Japan as a member of The Scruffs
ビル・アンダーソン来日!
アンダーソンズのメンバーであるビル・アンダーソン(本名:ウィル・オブライエン)が、スクラッフスのツアーメンバーとして来日しました。アンダーソンズはザ・ナックが新たにスタートさせたレーベル、スマイル・レコーズより、新作『Family Secrets』をリリースしたばかり。興味のある方は彼らのホームページ(www.theandersons.com)をチェック!!

2001.9.26 UP
JASON FALKNER in JAPAN as a member of AIR!!

ジェイソン・フォークナー来日の模様です
去る8/13〜/22の10日間、ジェイソン・フォークナーがエールのツアー・メンバーとして来日していました。幾つかの音楽誌ではエールのライヴ・レポートなんかも紹介されていたりしてますが、あくまで主役はエールなのでほとんどジェイソンは写ってなかったり・・・。
というわけで、遅ばせながらオフの日に撮ったジェイソンの写真を掲載します。これはエアー・メイルのスタッフとホテルで打ち合わせをしたときのショットです。エールとしてのワールド・ツアーは11月末まで続き、その後はニュー・アルバムの制作に入るとのことで、「今度はソロ・ツアーで日本にやってくる」と語ってくれました。さて、その気になる来日は・・・。

2001.6.20 UP
DOUG EDMUNDS (GLADHANDS) FINALLY BECAME A FATHER!!

ダグ、パパになる!

去る6月6日、グラッドハンズのダグ・エドモンズが遂にパパになりました。生まれた子供は女の子で、Madeleineと名付けたそうです。「将来、この子が大きくなったらギターとドラムを教えるんだ」と意気込んでいるダグ。写真からもその親バカぶりは十分感じられます。

おめでとう!! ダグ Congratulations!!

2001.3.18 UP
エアー・メイル・レコーディングスのアメリカ旅行記

去る3月3日から3月12日までロサンゼルスに行ってきました。メインの目的はジェイソン・フォークナーの写真撮影とコメント録り。その他にももろもろあった忙しい10日間の旅行はスタッフにとって実り多きものとなりました。そんなロサンゼルス旅行記をご紹介します。

3月3日(土)
午前中にロサンゼルスの到着するも、時差に弱いため少々ダウン気味。とりあえず空港近くの中古レコード店で体を休め(中古レコードあさりをしてたんだけど)、そのままホテルへ直行。いつも泊まるのはチャイニーズシアター裏のHollywood Orchid Suite Hotel。キッチン付きで自炊もできるし安いので便利です。結構インディーズのミュージシャンも利用しているみたいです。その後は近くのAron Recordで時間潰し。夜は時差ぼけで早寝でした。

3月4日(日)
パサデナのフリーマーケットへ出かける。そこで偶然emレコードからレコードを出しているElliot Kendallに再会。近くのイタリアンレストランでランチをとりながら話をしていると、隣のテーブルのカップルが「レコード会社の方ですか?」と声をかけてきた。どうやら男性がミュージシャンらしい。そんな所で売り込みなんかされちゃうところがさすが、ロサンゼルスだね。

3月5日(月)

昼過ぎ位まで、ホテルで打ち合わせの電話やらに追われる。長い様で短い旅だけに、会わなければならない人がたくさんいるので、スケジュール調整に困る。ミュージシャンといっても昼間は働いている人も多く、結構、夜会うことが多くなってしまう。そこで昼間の空き時間は近くのレコード店に出向くことが多い。Record SURPLUSは日本人にもおなじみの中古レコード店。日本人店員もいてまけてくれたりします。

3月6日(火)
CHEWY MARBLEのBrian Kassanとタイ料理店で食事。ちなみにBrianはよくいろんなタイ料理店に連れていってくれるが、いつもオーダーするものは一緒。(チキンの串焼きピーナッツソースかけ、牛肉とブロッコリとヌードルの炒め物、パイナップルライス)。今回も同じでした。CHEWY MARBLEは、ニューアルバム『BOWL OF SUREAL』を最近リリース、3月下旬にはそのリリースパーティーを行うらしい。Brianは普段から新しいミュージシャンの情報をいち早く仕入れていて、よく研究しています。アメリカのみならず世界の新しいミュージシャンに目をむけているようです。

3月7日(水)
Mello CadsのDavid Ponakにメキシカン・グリルEl Compadreに連れていってもらう。サンセット通りのかの有名なギターセンター前にあって、ものすごく込んでいる店だった。Splitsvilleの『Complete Pet Soul』をエアー・メイルからCDリリースするにあたりいろいろと助けてくれたのがDavid。日本通でもあり、ピチカート・ファイブやファンタスティック・プラスティック・マシーン等の大ファン。ラジオのDJもやっていて土曜日の深夜12:00a.m.〜3:00a.m.に90.7MHzにチューンすると彼の声が聴けます。(もちろんL.A.での話)

3月8日(木)
いよいよ、Jason Falknerの撮影日。彼の家で撮ることが許されたので、教えられた道順で行くと、そこはサンセット通りの北をちょっと上がった小高い丘の上。ビバリーヒルズとまではいかないまでも、豪邸の建ち並ぶエリア。「もしかして、金持ち?」とちょっとドキドキしながら向かうと、本当に豪邸だった。黄色い外観のサンタ・フェ風のしゃれた家で、当然ロサンゼルスの街が一望できる。広いテラスにはジャクジーが…。広い庭には芝生が…。リビングは30畳位かな…。映画でみる夢のような家…。でも、彼と一緒に住んでいるガールフレンドの家でした。やっぱりね…。でも自分のスタジオがあり、あらゆる楽器や器材が揃っていて、一日中曲作りしてるんだろうなあとうらやましく思いました。おかげで、いい写真とコメントが撮れました。
夜は、ビーチ・ボーイズのレコーディングにも参加した経験を持ち、The Bel−Air Bandids(ちなみにバンド名はJan&Deanの学生時代のフットボールチーム名とか)のメンバーとしても有名なGary Griffinに会うため、彼の家へ。Jasonとはちがったアメリカの家らしいこじんまりとした家だが、裏庭には別棟にスタジオがあり、これはJasonのよりすごかった。壁にはGaryに贈られたBEACH BOYSのゴールドディスクやビーチボーイズ周辺の人達との写真がずらり貼ってある。このスタジオには、こんな写真の他にももっとすごいお宝音源が眠っているんだろうなあ。ちなみにエアー・メイルの姉妹レーベル、ナイス・フォークスより彼のアルバムをリリースすることが決定しました。お楽しみに!

3月9日(金)
Jasonのマネージャーとミーティング。彼はFISHBONEのマネージメントもやっている敏腕マネジャー。Jasonのプロモーションについていろいろと話し合った。Jasonの来日公演が実現することを我々も希望します。

3月10日(土)
夜、CHEWY MARBLEのインストア・ライブがあるので、L.A.からちょっと離れたCERRITOSというエリアのBORDERSへ。この店はCDや本を売っていて、カフェも併設、ここでは、コーヒーを飲みながら店内の本を立ち読みならぬ、座り読みできます。サンタモニカやビバリーセンター近くにもあって、よく店内ライブをやってます。かつて、ここでKyle VincentやP・HUXを観たこともあります。CHEWY MARBLEのライブはニューアルバムからの曲がほとんどで、書店という場所がらハードなものはできなかったようですが、地元の老若男女達がコーヒーをすすりながら、土曜の夜を無料ライブを聴いて過ごすというのは、なんかとてもいいなあと思いました。

3月11日(日)
午前中、パサデナのローズボウル・フリーマーケットに行く。たしかに多くの古着、おもちゃ、雑貨、家具なんかが出店されていてすごいんだけど、なにせ日本人が多い。フリーマーケットといっても値段は高めで、こういう日本人たちが相場を釣り上げているのかも…。多分もう行くことはないだろう。
夕方、ホテルにSUGARPLASTICのBenとKiaraがやってくる。メールや電話では何度か交流があったのだけど直接会うのはこの日が初めて。Benはちょっと神経質なタイプで、Kiaraはきさくな感じ。いわゆるアメリカ的な陽気さはというより、落ち着いた雰囲気を持っていました。現在ドラマーはいないため、この二人が事実上メンバーということになる。今アメリカで大人気のアニメ『パワーパフガールズ』のコンピレーションアルバムにも参加しているらしい。
夜、ホテル近くのシネコンで映画『GET OVER IT』を観る。3月9日から公開されているいわゆる高校生の青春ものの映画なんだけど、中にSPLITSVILLEの「恋はさようなら」(バカラックの曲のカヴァー)が使われているということで、いい歳をした大人がちょっと恥ずかしいけど観ることにしました。
劇場内は初日から3日目にもかかわらず、寂しい入り具合。映画はそこそこ面白いかな? ワンダーミンツの曲も使われているし、この手の音楽好きの皆さんは日本公開したらぜひ観に行ってみてください。(公開されたらの話だけど…。)

3月12日(月)

いろいろな人たちに出会えたロサンゼルスとも今日でお別れ。珍しく雨が多く、晴れた日が少なかったためこの時期にしては寒いロサンゼルスだったけど、出会ったミュージシャンやスタッフたちは本当に皆温かだったなあ。この人たちとの出会いがエアー・メイル・レコーディングスの今後のリリース作品となって反映されてくるのです。皆さんどうぞお楽しみに!!